ある夜、エーゲ海に面した都市国家ミレトスで、星空を見上げながら歩いていたタレスは、道端の溝に気が付かず転倒してしまいます。星々をつぶさに眺め、その真理を探ることに没頭していたからです。ここで重要なのは彼が移動していたことです。天体は一般的に堅牢な天文台で定点観測するので、彼の行動は奇異に感じられます。そこで彼の眼に脳裏に映った星々を想像してみましょう。それが「タレスの刻印」の本質です。 移動しながら観察することは相対運動として複雑な事象を引き起こします。天動説か地動説かはさておき、地球に対する星々の動きに観察者が動けば、さらに混沌とした多体運動となります。それは予測不可能な複雑性を持ち、流麗で魅惑的な表象が現れます。水面にインクを垂らして模様を写し取る墨流しのように、夜空の星々のダンスを感光させる。それが「タレスの刻印」の図像です。 なお、タレスは古代ギリシャの哲学者で、数学や天文学にも通じていました。世界の始源を神話や寓話ではなく合理的に説明したことで、哲学者の祖とも言われ、タレスの定理、ピラミッドの高さの推定、日食の予言、オリーブの収穫予測といった業績でも知られています。無類のスポーツ好きでもあったそうで、まさしく動く観察者、走る哲学者と言えるようです。
「タレスの刻印」は特殊な撮影方法によって星空を長時間露光した写真および動画です。暗い夜空に浮かび上がるのは星々の軌跡であり、時には雲や雷、そして時には飛行機や人工衛星が映り込むこともあります。カメラは独自のデバイスとプログラムによってデジタル制御されており、数十分から数時間かけて撮影を行います。このような制御とともに、場所、時間、気象などによって撮影ごとに異なる多様な図像が得られます。
なお、撮影には一般的なスマートフォンやデジタル・カメラを用い、撮影後の色調補正等の編集は最小限に留めています。
撮影方法
「タレスの刻印」は、スマートフォンなどを取り付けたカスタム・メイドの撮影装置をデジタル制御して、数十分から数時間をかけて長時間露光して撮影します。このような撮影方法によって立ち現れる曲線や点線は、夜空の星々に他なりません。さらに流星や月、雲、飛行機、人工衛星などが写り込むこともあり、すべてはカメラの前の事象が記録されています。
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期間 | 2022.09.11 - 2022.10.02 |
開館時間 | 14:00 - 19:00 |
休館日 | 月, 火, 祝日 |
会場 | NEORT++ |
住所 | 東京都中央区日本橋馬喰町 2-2-14 maruka 3F |
協力 | 八嶋有司、伊澤宥依、瀬川晃、エイムン・ニコラス、プラクティカル・サイクリング、IAMAS、ワンダ農園、NEORT |
赤松正行
メディア作家
1961年、兵庫県生まれ。メディア作家。京都市立芸術大学大学院美術研究科修了、博士(美術)。情報科学芸術大学院大学(IAMAS)メディア表現研究科研究科長・教授。クリティカル・サイクリング主宰。インタラクティブな音楽や映像作品を制作、近年はモビリティとリアリティをテーマに、テクノロジーが人と社会へ及ぼす影響を制作を通して考察している。代表作に書籍「2061:Maxオデッセイ」、「iOSの教科書」、アプリ「Banner」、「Decision Free」、展覧会「Time Machine!」、「ARアート・ミュージアム」などがある。「セカイカメラ」や「雰囲気メガネ」といった先進的なIT製品の開発にも携わり、アートの領域を広げようとしている。